三愛会会誌 No.177
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1968年12月16日、市村清逝去。彼が人生の最後に手掛けた事業が「新技術開発財団」の設立でした。同年12月12日、財団の設立が認可され、翌年4月4日、記念すべき第1回市村賞の贈呈式が行われました。設立から今年で58年、財団は市村の遺志を継ぎ、日本の科学の発展に寄与すべく、さまざまな活動を続けてきました。今回は財団の設立から現在の活動等々をご紹介します。財団の設立特集 市村清新技術財団「新技術開発財団設立趣意書」より(「創業者・市村清物語」(2ページ)参照)新技術開発財団の設立は「社会の役に立つこと」を信念として持ち続け、築き上げた財産を日本の科学の発展のために使いたいと願った市村の、いわば〝置き土産〟でした。死期の迫った市村の意を□んで、財団立ち上げに奔走した関係者たちの趣意書には次のように記されています。いまや世界をあげて技術革新の時代であり、科学技術の進歩は経済社会の発展と国民生活の向上に不可欠な要素となっています。しかも、この科学技術は開放経済体制のもとにおける厳しい国際競争場裡にあって、めざましい勢いで前進革新されつつある現状であります。このような情勢のもとで、将来にわたってわが国が繁栄するためには、すばらしい創意工夫を育成し、研究開発を行うことにより、これを実社会に役立たせるとともに、諸外国に先んじて技術革新による新分野を醸成開拓することが最も重要であると確信します。この観点にたって「リコー三愛グループ」各社を統括する市村清氏の提唱により本財団を設立し、技術革新に即応した新しい技術社会の基盤を造成し、もってわが国の経済社会の発展と国民生活の向上に寄与せんとするものであります。1968年12月12日、内閣総理大臣により設立認可され、市村の遺産(個人所有の全有価証券)が財団に寄贈されました。その後、幸恵夫人の有価証券やその他の財産(静岡県熱海市の市村の別荘「清恵荘」など)が財団に遺贈され、財団はこれらの財産の果実をもって事業を展開してきました。第1回市村賞贈呈式が市村の誕生日にちなんだ69年4月4日、東京のホテルオークラにおいて開催され、本賞(300万円)は「合成紙(Qパー、Qコート)の開発とその企業化」(日本合成紙㈱)に授与されました。さらに市村賞の贈呈に続いて、68年度のアイデア技術開発費の助成についても発表されました。以降、市村賞は国内有数の科学技術賞として評価が高まり、これまでに社会に大きな変革をもたらした数々の革新的な技術や研究が受賞されています。また、新技術開発の助成も設立以来続いており、これまでの助成総件数は909件、総助成額は81億円を超えました。市村の思いは確かな形となって今に続いていると言えましょう。なお、「財団法人新技術開発財団」は2018年4月1日、「公益財団法人市村清新技術財団」に名称変更しました。3                                              市村清新技術財団 事務所(旧市村邸)   ※新事務所は2028年夏に竣工予定市村清新技術財団 植物研究園第1回市村賞贈呈式の模様(1969.4.4 ホテルオークラ)

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