今月の市村清

Monthly

“今月の市村清”―2023年12月編―

男子バレーボールの聖地

~市村記念体育館~

2023年も、残すところ1カ月となりました。1年を振り返ると、スポーツの世界で日本チームが活躍し、大いに私達を元気づけてくれた年であったように思います。WBCでの大谷選手の活躍に始まり、男子バスケットでは3ポイントシュートでの相次ぐ逆転劇、男子バレーもW杯で2位となり、来年のパリ五輪出場を決めました。前年に出場を決めたのは、32年ぶりの快挙でした。

男子バレーといえば、1968年メキシコ五輪での銀メダル、そして1972年ミュンヘン五輪での金メダルが今でも記憶に鮮やかですが、もう50年も前のことになります。当時、身長や体格で劣る日本チームはオリンピックに向けて次々と新たな技術を開発しました。攻撃では相手のブロックをはずすAクイック、Bクイック、時間差攻撃など、守備ではどんな球にも宙を飛んで食らいつくフライングレシーブの技術が生まれました。
これらの技術向上に一役買ったのが、1963年に市村清が故郷佐賀に寄贈した「佐賀県体育館」(現在は「市村記念体育館」)だったのです。

訪れたことのある方は、その外観デザインの斬新性に驚かれたと思いますが、近代建築の旗手ル・コルビュジエに師事した建築家 坂倉準三氏のデザインによるもので、正面からは王冠のようなデザイン、横からは地を這う恐竜の背にも似たデザインで他に類を見ないものでした。そしてその斬新性に加え、当時としては珍しかった冷暖房完備の体育館で、多くの国際大会や、イベントなどに利用されました。
なかでも、オリンピックに向けた合宿の拠点として活用したのが、日本男子バレーボールチームでした。あのクイックやフライングレシーブなど新たな技術開発と習得のための血の滲むような練習風景は、アニメドキュメント「ミュンヘンへの道」で私達も目にすることができましたが、その舞台が「市村記念体育館」だったのです。そのような背景もあり、「男子バレーボールの聖地」とも呼ばれるようになりました。

そんな「市村記念体育館」も60年の時を経て、老朽化や耐震性の問題を理由に改修されることになりました。これから改修工事に入り、2026年には、地域の文化・芸術施設として生まれ変わります。
将来を担う青少年の心身の健全な育成のためにと寄贈した市村の想いは、形は変われども、佐賀県と地域の皆さんによって、しっかりと受け継がれていくことでしょう。

今日のひとこと
〜市村清の訓え〜


今日のひとこと 〜市村清の訓え〜