会誌
すくらっぷ帖
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三愛会の機関誌として1954年に創刊した三愛会会誌。創業者・市村清の思想をはじめ、会員会社の動向や社員同士のコミュニケーションツールとして発行されてきました。
「会誌すくらっぷ帖」では、今までに会誌に掲載した記事の中で、特に人気の高かったものや、発行時の時代を反映した興味深い記事を厳選して紹介していきます。
三愛会会誌50号(1964年発行)
6月21日は父の日です。子どもたちにとっての父親像は、今も昔もあまり変わることは無いようです。
1964年に発行した第50号には、『人づくり』とする特集の中で馬込第三小学校の子どもたちによる“うちの父ちゃん”と題した座談会の様子が収録されています。子どもたちの素直な話にクスッと笑えるか、まるで自分の事のようにドキッとするか…?!
1964年5月に発行した50号では、「人づくり」として企業・職場における人づくりや家庭での人づくり、海外における人づくりなど、さまざまな観点から人を育て成長させる重要性について特集しているよ。
成長するにしたがって葉が重なって増えていく玉ねぎを、人の成長に見立てているのかな。(ボクたちが食べている“玉ねぎ”は、実は葉っぱの一部。葉の根元の膨らんだ部分だって知ってた?)
今回、「うちの父ちゃん」と題した座談会に登場してくれたのは、リコー本社事業所の目の前、馬込第三小学校に通う6年生の男の子・女の子たち6人だよ。司会は、現代子どもセンターという児童文化団体を主導して立ち上げた、当時川崎の住吉小学校で教員をしていた阿部進氏。
自由奔放な子どもたちをまとめるのは大変だっただろうね!
まずはお父さんの家での様子を子どもたちに聞いているよ。
好きなテレビ番組やスポーツとかね。家でチャンネル争いにならないか?という問いに、意外にもほとんどのお父さんが子どもたちにチャンネル権を譲っている様子。子どもたちの好きな番組を一緒に見て楽しんでいるんだって。笑っちゃうのは、「でもかわいそうだから日曜日は好きな番組を見せてあげてる」って。父親の威厳は?!
夕飯のおかずの品数が自分より多かったり大きかったりすることもあるって。でも、それはお父さんが家族のために仕事を頑張ってくれているからって、子どもたちはちゃんと分かってる。だけど、実際何の仕事をしているのか知っている子はほとんどいないんだ。「お父さんは朝早く出掛けて夕方遅く帰ってくる」という存在。
やっぱりコミュニケーションの中心はお母さんのようだね。それに、お父さんが怖いと言う子どもたちもいないね。どちらかというとやさしくて叱らないって。ボクの時代は父親というのは“地震・カミナリ・火事・おやじ”って言葉があるくらい怒い存在だったけどなー。
お父さんのどんなところが好きか? “遊びに連れて行ってくれる”、“欲しいものを買ってくれる”。これは今も昔も変わっていないかもね。子どもの教育の主導権はやっぱり母親にあって、叱るのはお母さん、それをフォローするのがお父さん、という家族が多いみたい。休日に家でゴロゴロしていても、普段は立派に仕事をしているお父さんの姿を子どもたちはちゃんと尊敬しているんだ。
子どもたちが父親の仕事について知らないのは、親が教えないから。でも実は、子どもたちは父親の仕事の内容、楽しさや苦しさ、一緒に働いている仲間のこととかを知りたいと思っているんだ。“どうせ言ったって分からない”と思わずに、ちゃんと説明すれば分かるはずだし、子どもたちもそう望んでいるのかも。。。