今月の市村清 Monthly
“今月の市村清”―2026年3月編―
人生を決定付けた恩師との出会い
―理化学研究所・大河内所長―
長い冬を越え、春は入学、進学、就職等々、新たな人との出会いの季節でもあります。
市村清にとって人生を左右するような出会いといえば、理化学研究所・所長の大河内正敏氏ではないかと思います。市村と理研との関係は吉村商会から理研感光紙の九州総代理店の権利を譲り受けたことから始まります。その後順調に売り上げを伸ばし、吉村商会の感光紙の売上量は理化学興業で生産する感光紙の全生産量の6割を占めていました。当時の市村は若干30歳。ある時、理化学興業との契約更改に際し、条件変更の問題から事務当局と正面衝突してしまいました。負けん気が強く短気でもあった市村はカッと頭に血が上り、すぐさま内容証明郵便で代理店解約通告を出してしまいます。しかし、心配した人から「一度、直接大河内所長に会ってみたらどうか」と助言を受け、大河内が大阪へ行く際に乗車する急行の寝台列車に同乗し、移動の時間を使って話をしてみることにしました。
事務当局の一方的な押し付けや不当な契約内容に解約通告を出さざるを得なかった経緯などを一気にまくし立て、列車の乗務員から「夜もだいぶ更けましたから…」と注意を受けるほど興奮していた市村の様子を、冷静に受け止め終始耳を傾けていた大河内は最後に、「あなたの言うことは分かった。希望条件を列記した文書を宿泊しているホテルへ持ってきてもらいたい」ときっぱり。
“どうせ適当に査定されるに違いない”と思い、市村はそれならとできる限りありとあらゆる希望を書いて大河内の元へ持って行きました。持参した文書にジッと目を通した大河内は「よろしい、承知した」と即答。予想もしていなかった回答に市村は驚き慌ててしまいました。
「全部の条件をですか?」
「そうです」
「しかし、それでは事務当局が…」
すると大河内はいちだんと語気を強め、
「わたくしが責任を負います」
と少しのためらいも迷いもなく言いました。
吉村商会での活躍については大河内の耳にも入っていたでしょうから、市村がいかに努力し感光紙販売に力を注いできたか、大河内はこの時すでに“市村の人間性“を見抜いていたのではないでしょうか。
かくして、この初対面での一件以来、市村は大河内の凛とした態度に感銘を受け、絶対的な信頼を置く存在としてその後もこの思いは消えることは無かったといいます。
市村と理研の大河内所長との出会いがなければ今のリコーは無かったかもしれません。そう考えると感慨深いものがありますね…。