画像:従業員は協力者

第28回従業員は協力者

"市村産業団"が念願
三愛主義で貫くつもり

羽田空港の給油施設の計画願書を運輸省に提出すると、それがパッと業界に伝わったらしい。三菱石油、日本石油、出光、シェル、スタンダード、カルテックスなど八社の競願となってしまった。社歴も資金も小さいという三愛はすっかり不利になった。
郷古潔さんが会長をしている日本航空協会までが横ヤリを入れてきた。しまいには村上さんまでが、すっかり弱腰になって「こんどの実権は極東空軍の司令官が全権を持っているから、どうも米系の石油会社にやらせたいらしい。市村君、見込みがないぞ」と言い出した。
私は実に釈然としない気持ちだった。この仕事は私が最初に考えたものだ、設備に何億かかるかしれぬがそのくらいの手当ては私にもできる。それを大会社が割り込むばかりか、外国の会社にまかせるとは何事だろう。村上さんも私の意見を正論と認めてくれた。そして、私は直接極東空軍の司令官
あての英文の上申書を作って村上さんに託した。司令官が筋の立った人ならわかるはずだと確信して
いた。
「羽田は将来日本の表玄関になる所である。そこの永久権益に属するような給油施設を外国人にやらせるつもりがあるなら、それはとんでもない思い違いだ。第一このことを考えてプランを立てたのは自分である。人格的にもだれにも劣らないつもりだ。もしあなたがものごとの理非をわきまえるなら当然これは私に許可すべきである」
司令官あての上申書に、私はほぼこういう趣旨のことを素直に堂々と書いた。それがフランクな米人の好みにあったのか、司令官はその場でさっさと許可のサインをしてくれたのだそうである。実に私は、この人はりっぱな人だと感じ入った。こうして羽田の給油の権利を得、今日羽田に発着する世界中の飛行機が三愛石油を通してでなければ給油できないことになっているのである。さて私の「履歴書」もこれでほぼ語りつくしたが、自動車事故で九死に一生を得た思い出や、暴力団との命をかけた争いなどかずかずの体験は別の機会にゆずることにして、最後に残された紙数でひとつだけ言っておきたいことは、私の関係している会社はどこにも組合というものがないということである。
理研光学三千八百人、三愛千五百人、その他西銀座デパート、三愛石油など全部で約七千人の社員がいるのにどこにも組合がない。これは私が徹頭徹尾三愛主義で貫いているからで、それも口先だけではなくほんとうにそう思っていることを社員たちが理解しているからであろう。
私は自分の過去の体験から、従業員を使用人でなく事業の協力者だと思っているし、物心両面からできるだけの待遇を実行している。社員の誕生会、育英会、家族の誕生祝い、入学、卒業、結婚などのお祝い、また家族の不幸、新盆に至るまでの心づくし。そしていつも彼らが勤めをたのしいおもしろいこととして愛するようにと導いているつもりだ。そして働くことになんの心配もつきまとわない、世界のどこにも類例のない独特の「市村産業団」というものを作りあげてゆきたいと念願しているのである。

(日本経済新聞:昭和37年3月20日掲載)※原文そのまま

今日のひとこと
〜市村清の訓え〜


今日のひとこと 〜市村清の訓え〜